入倉伸夫のシニアライフ-蕨市塚越-

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蕨、戸田、川口、鳩ケ谷の古を探る

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鳩ケ谷の古を考える

浦寺遺跡

昭和34年(1959)景山博少年によって、崖面から偶然発見された縦長の流紋岩剥片(図1)は、調整痕や刃こぼれなど刃の部分が3面に認められることから、掻器と削器の両機能を備えたスクレイパーのようです、また他にも、立川ローム層黒色帯より上部の硬質ローム層中からチャート製の縦長剥片(図2,3)、チャート製礫器(リャクキ)(図4)、チャート製石核(図5)、石片のホルンフェルス1点、チャート12点、砂岩1点が出土しました、又、南部丘外で貞末尭司氏によって表面採集されたチャート製切出形石器(図6)などが確認され浦寺遺跡は旧石器時代の遺跡であることがわかりました

浦寺遺跡と直線距離で約590メートル離れている里字北谷第1遺跡も同じ文化層に存在しており、また、鳩ケ谷支台地縁辺に位置する川口天神山遺跡でも、ナイフ形石器や角錘状石器を含む2基のユニットが確認されていることから、この他にも鳩ケ谷支台に同様の遺跡が分布することが推定されます

浦寺遺跡では、表土黒色腐植土層中に加曾利式3点を含む縄文式土器の細片11点が発見されているようです、他にも、同じ浦寺の東公団住宅地造成中に、縄文式土器が発見されてるようです

しかし、鳩ケ谷支台全域には多数の縄文以前の遺跡がありますが、鳩ケ谷市内は極めて少ないようです