入倉伸夫のシニアライフ-蕨市塚越-

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蕨、戸田、川口、鳩ケ谷の古を探る

米づくりの技術をもたらした人々・弥生人について考えてみる

<稲作の始まりとつたわり>

 - 各地の稲作遺跡・続 -

瀬戸内地方では、1988年、岡山県旭川下流域で6~7ヵ所の遺跡が認められています、旭川は瀬戸内海につながる児島湾の中央に河口があり、海からの進入に都合のよい場所です、岡山大学の構内にあった津島遺跡では、弥生前期前半から後期後半の2層にわたって水田跡がみられ、津島江道遺跡では、突帯文土器期から弥生前期後半の、周囲を畔で囲まれた水田面が調査されています、微高地の一部の窪みにあり、その窪みの洪水砂の下に畔が出土しました

同じく旭川下流域の百間川遺跡では、微高地の端部の完全には低湿地にならないところに、弥生時代前期の水田が発見されています、これらの遺跡を通じてみると、大きな河川の下流域に集中していて当初から小区画水田が展開し、初めは微高地単位であったが、弥生時代後期末には数キロメートルは離れたものも同じ地域にまとまったようです、また、後期には鉄製の鋤先が出土しています

四国の水田遺跡としては高知県田村遺跡や松山市の大渕遺跡などが報告されています