入倉伸夫のシニアライフ-蕨市塚越-

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蕨、戸田、川口、鳩ヶ谷の古を探る

《戸田の遺跡》

◇南原遺跡第9次発掘調査-14

埴輪を樹立した古墳を時系列で整理してみると、現時点で最も古いは今回報告する南原9-2号墳、最も新しいのが上戸田本村遺跡確認古墳で、南原1号墳はその中間に位置づけられます、いずれも後期の埼玉稲荷山古墳以前に遡る可能性は考えられません

南原遺跡周辺では、100基以上の方形周溝墓が検出された鍛冶谷・新田口遺跡に代表されるごとく、弥生時代終末から古墳時代前期にかけての活発な造墓活動に始まり、古墳時代中期の古墳築造の空白期をへて、再び後期には古墳の築造が活発化します

その主たる要因は、これまで多くの方々が説くように、北武蔵の地に突然出現した稲荷山古墳被葬者を頂点とする地方支配体制が関係していると考えられます、南原9-2号墳被葬者はその末端に組込まれた集落の有力者とみなされます

埴輪の出土状況で見ると、形象埴輪は墳丘の東側周辺に集中する傾向が看取れます、また、第8次調査において、墳丘東側の一部が発掘されているため、人物・馬形などは、東側中心に配されていたことが判ります、とりわけ馬形埴輪は8次調査区南端附近にて検出され、人物はその北側周辺から出土したとの重要な教示を受けています(調査に参加された戸田市遺跡調査会員より)、このことから当墳における形象埴輪は墳丘の東側部分を中心に、北から南に向かって複数の人物と飾馬が並ぶ配列と推測されます

なお、円筒・形象埴輪の樹立総数については、調査範囲が部分的であること、第8次調査の報告が未了でる事などから、確定することはできません、情報提供の観点から、当墳には複数の人物埴輪(男子・女子)と馬形が伴うことが報告できる限りです