入倉伸夫のシニアライフ-蕨市塚越-

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蕨、戸田、川口、鳩ヶ谷の古を探る

古地図で見る川口・鳩ヶ谷の歴史

横曽根・青木地域の変遷ー4

青木地域も2-1図に見るように、地域の東端を芝川が南北に蛇行を繰り返しながら流れ、これに沿って自然堤防が発達し、江戸時代の半ばごろに行われた芝川の拡幅改修時に作られたと考えられる堤防上の道が南北に続き、集落もこの道沿いに点在しています

また、下青木村の北方の西方寺⑦付近で、この自然堤防に直角に交わる微高地が東西に延び、古くから屋敷地が点々と連なっていました、この地区は南から北に行くに従って標高が上がり、おおむね0.6mから4mに達し、地盤はシルト層から粘土層へと変わっていきます

芝川堤防を離れて北西一帯には一望の水田が広がり、往古に孫七沼や中田沼⑧があったという伝承をしのばせます、その真ん中には用悪水(下水)として竪川(たてかわ)⑨が東へ流れています、この地区も横曽根地域同様、水旱に悩まされるほとんどが一毛作の水田地帯でした

地図を通覧して注目されることは、一つは2-1図には表示されていなかった東西に長く延びる蕨駅から鳩ヶ谷に至る蕨・鳩ヶ谷新道⑩が2-2図に表れ、二つには2-2図になかった川口町から上青木村雁丸地区⑪に至る、青木地域の中央を南北に縦断する中央道路が2-3図に表示されていて、ともに一望の水田地帯を突っ切り、上青木村で交差して将来の発展への幹線道路として造成されたことです