入倉伸夫のシニアライフ-蕨市塚越-

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蕨、戸田、川口、鳩ヶ谷の古を探る

古地図で見る川口・鳩ヶ谷の歴史

川口・南平柳地域の変遷ー8

1910年(明治43年)の東北本線川口町駅(のちに川口駅となる)の開設は、人と物の動きを激しくし、同時に前述のような住宅などの集中が見られるようになりました、川口町駅の開設当初は、その乗降客は日に平均して200人、貨物も5~6トン程度と少ないものでしたが、それ以降累年増加するようになりました

ただ、1928年(昭和3年)の新荒川大橋の架設により、鳩ヶ谷ー川口ー赤羽間に乗合いバスが運行されるようになったため、駅の乗降客は激減しています、当時の駅長は「駅で汽車を待っているうちにバスに乗れば、とうの昔赤羽に着いている」と、自嘲気味に述べています、しかし、1932年(昭和7年)9月に、省線電車が大宮駅まで延伸されたことでこれは解消しています

この省線電車の開通は、バス路線の増加を促し、川口駅ー千住間をはじめ数路線が増加しました、しかし、戦時のこと、燃料などの悪化もあって既路線の拡張はありませんでした、戦後、南平柳地域の急速な人口増に対応して、路線の増設やバスの増発が見られるようになりました

1954年(昭和29年)には、元郷新道を経由した川口駅ー弥平町間、1957年(昭和32年)川口・草加線を経由した市内循環、1967年(昭和42年)新井町を経由した朝日町循環などの増設が見られます