入倉伸夫のシニアライフ-蕨市塚越-

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伊興遺跡補習ー4

◎伊興遺跡古環境(奈良・平安時代・中世以降)

古墳時代後期に引き続き奈良・平安時代の遺構の存在は不明瞭になり、分散化する傾向になります、しかし、奈良時代末から平安時代初期の遺物を集中的に包含するB-d-8区20~26グリッドの特異な存在が注目されます、また微高地の縁辺からは20G-1号井戸が発見され、B-d-8区の南側に集落が営まれた可能性が高いようです

出土遺物には、木簡・墨書土器・斎串・帯金具などがあり、祭祀場もしくは官衙関連施設が存在した可能性が高いようです、この場所は、毛長川本流の旧河道が大きく南に蛇行し内湾状にえぐり込まれた部分にあたります、つまり、微高地高位面と低地低位面が最も近接した場所にB-d-8区20~26グリッドは立地しています

こうした水運に適すると考えられる土地条件が、B-d-8区20~26グリッドの特異性と深く関わっている可能性があります、この時期の遺跡は、古墳時代と比較して単に分散化したのではなく、遺跡の性格自体が変化してきているものと考えられます

奈良・平安時代には微高地と低地の標高差は小さくなっています、谷内は富栄養沼沢地のような水域環境へと変化しています、この堆積物からは栽培種のイネ属由来の化石が多産していることから、当時の谷内では稲作が行われるようになったことが推定されます、この時期の谷内で認められた水域は水質的には富栄養であったと推定しますが、これは谷内で水田が行われるようになったことが関係している可能性があります

また、花粉化石等で認められたオモダカ属などの抽水植物の種類は当時の水田雑草の種類であった可能性があり、この時期は前時期に比較して、周辺の環境に対して人間の活動がより強まったことが推定されます