2009-11-04 蕨、戸田、川口、鳩ヶ谷の古を探る 考古・歴史 #人類学と考古学 川口の古を考える 篠谷ッ、木曽呂北、木曽呂遺跡 [4] 差間字篠谷ッ191番地先、木曽呂字北720番地先、木曽呂字北980番地先 木曽呂北遺跡の遺構・遺物は先土器時代、縄文時代早期~晩期、弥生時代後期、鎌倉時代、江戸時代に及んでいます 先土器時代は石器集中箇所が3ヶ所確認されています 縄文時代では土坑42基が検出されています、遺物は加曾利E式土器の出土量が多く、江戸時代のかく乱以前には付近にこの時代の住居址が存在したことが想像されます、石器類では石鏃、打製石斧、スタンプ形石器、石匙、磨石、石皿が出土しています 弥生時代では住居址4軒と土坑1基が検出されています、1・2号住居址は後世の削平を受けていますが、3・4号住居址は保存状態が良好で住居址内より一括土器が出土しています、土坑は1基のみですが特異なもので、土坑底面に炭化材を敷き詰めています