2009-02-28 蕨、戸田、川口、鳩ケ谷の古を探る 考古・歴史 #埼玉県 鳩ケ谷の古を考える 前田字六反田第1遺跡・南4-25-1他地点調査〈11〉 ◇復習-4 今回の調査では、低湿地域でも竪穴建物による集落の存在が明らかになりました、ただ、同時期の9世紀中葉から後葉にあたる鳩ケ谷支台に立地する集落の竪穴建物跡と比較してみると、竪穴(土木工事)部分の面積、土間と居間の区分、上屋構造などの違いがみられます また、9世紀中葉に忽然と集落が現れ、高級陶磁器の出土や墨書土器および転用硯の存在などから単なる農村集落とは思われず、さらに官衙・寺院跡に結び付けられるような資料にも乏しいようです 9世紀後半は律令国家の官人給与制の解体が進められ、各々が経済基盤の確保に懸命になり、初期荘園の整備が積極的に展開された時期でもありました、そうした背景から、中央とのパイプを持ち合わせた庄家を中心とした荘園制集落の存在が想像されます、今後の研究課題となるところのようです