入倉伸夫のシニアライフ-蕨市塚越-

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蕨、戸田、川口、鳩ケ谷の古を探る

米作りの技術をもたらした人々・弥生人について考えてみる

<稲作の始まりとつたわり>

ー 各地の稲作遺跡・続 -

九州から東北地方まで初期の水田稲作遺跡は、海からの進入に都合のよい入江や湾があって、そこから河川をさかのぼって到達できるところにあるようです、水田稲作という生業をもち、ほぼ同じ様式の土器をもった集団が、渡来あるいは移住してきたと考えてよいようです、水田稲作を行うには、苗代、代掻きなど特有の耕作方法とその道具が必要です、また、用水量などを見積もりした用水路の建設など土木工事が大切なことですし、収穫物をどのように貯蔵し、調理するか、その道具と知識が必要です

舟を駆使して移動性に富む稲作渡来民が圧倒的な有利性をもとに、初めから水田の適地を求めて渡来、移住してきたのでしょう、そして、彼らが弥生時代を開いたのでしょう

初期稲作渡来民にとっては、大規模な工事をしなくても、稲作の用水を手に入れることの出来るところ、深い森から年中ほぼ絶えることなく流れてくる水をせき止めて水田に引き入れることのできる浅くてやや広い谷間が好適だったようです、また、水路は交通、交易にも使え、不可欠の栄養源である魚介類を確保するという点から、稚魚が育つような小川や浅い水路を伴う潟や湖、それに続く低地と丘陵が最高の入植地だったのでしょう