入倉伸夫のシニアライフ-蕨市塚越-

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蕨、戸田、川口、鳩ヶ谷の古を探る

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古地図で見る川口・鳩ヶ谷の歴史

鳩ヶ谷地域の変遷-10

鳩ヶ谷の交通事情は、道路を中心に推移してきました、近世の日光御成道は、明治には県道日光道となりました、1960年国道122号線と改称し、1967年6月、122号バイパス(26)が完成し、1987年9月には東北自動車道首都高速道路(27)と連続しました、また、東京外環自動車道の開通もありその環境は一変しました

鳩ヶ谷の人々の乗り物としては、1880(明治13)年代には鳩ヶ谷・川口間を乗合馬車が走るようになり、1915年(大正4年)県内最初のバスが運行し、1928年新荒川大橋が開通して赤羽まで延長され、東京と直結しました

しかし、1833年日本鉄道(現在のJR)が川口を通り、武州鉄道が鳩ヶ谷・赤羽まで延長される計画があったものの、経営不振のため幻の路線となって計画は消えました、こうした経緯が鳩ヶ谷の現状と様々な関係があるとされますが、地下鉄の開通、区画整理後の道路整備などは将来への明るい展望材料となっています