入倉伸夫のシニアライフ-蕨市塚越-

学び合い 〔仲間募集〕 ℡ 048-432-1433

蕨、戸田、川口、鳩ヶ谷の古を探る

古地図で見る川口・鳩ヶ谷の歴史

安行・新郷地域の変遷-9

1970年(昭和45年)8月に新都市計画法による線引きが行われました、安行地区の植木業が集中する地区は市街化調整区域となりましたが、それ以外は都市的な土地利用を促進する市街化区域となりました、市の工業誘致政策もあり、市街化区域の中には工業地域や準工業地域用途地域も指定されました、市街化区域となった新郷地区や安行地区の水田は、米の生産調整によっても追い打ちをかけられ、埋め立てられて工業用地や宅地の造成が急速に進みました

急速な都市化は、区画整理などを行うひまを与えず、旧来の地割りのまま農地の転用のみが進む結果となりました、安行地区東部の新田開発地域で特に明瞭ですが、新田開発当時の耕作道がそのまま生活道路として利用されています、地図を重ね合わせると6-2図の耕作道と6-4図の道路の路線が見事に一致します

新郷地区においても、たとえば榛松や新掘(24)地区は、住宅と中小規模の工場が混在し、所々に畑も残っています、こうした景観はやや雑然とした印象を受けます、首都高速道路川口線の周囲の江戸・江戸袋・本蓮では格子状に道路が走っています、これは新郷土地区画整理組合による事業で1988年(昭和63年)までに194ヘクタールの土地区画整理が終了したためです

また、毛長川①の北岸に沿った水田も埋め立てられ21.8ヘクタールの新郷工業団地が造成されました、ここには川口周辺の再開発に伴い、駅周辺の本町・栄町・幸町などから鋳物工場も移転しました、近代的な工場となり、いわゆるキューポラのある町工場というイメージはなくなりました、しかし、こうした所で川口の鋳物業が継承されています