入倉伸夫のシニアライフ-蕨市塚越-

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蕨、戸田、川口、鳩ヶ谷の古を探る

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◇ 蕨の歴史ー208

1380年代ごろからは、これらの板碑にかわって南町の板倉家の明応2年(1493年)銘阿弥陀三尊種子のように、紀年と「○○禅門」などの法名を持つものが出現し、いわゆる個人名の板碑がほとんどを占めるようになります、このように板碑の銘文に変化のあらわれる1400年代前後は、1360年代に頂点に達した造立数が、一時期落ち込み板碑造立の上で何らかの転換点となったことがうかがえます

そして、1450年代以降になると個人名に加えて、「三郎五郎」、「次郎太郎」などのように人名を多数刻んだいわゆる結衆のものが加わるようになります、市内では三学院の文明13年(1481年)銘画像板碑や永正13年(1516年)の題目板碑、あるいは破片ですが和楽備神社の十三仏種子板碑などがその例であり、戸田市川口市を含めると結衆板碑は30基近い数となります

これらは逆修供養のために集団で造立したものや、当時盛んに行われた月待や庚申待供養に際してのもので、信仰を同じくした人々が費用を出し合って造立したものと思われます