入倉伸夫のシニアライフ-蕨市塚越-

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蕨、戸田、川口、鳩ヶ谷の古を探る

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◇ 蕨の歴史ー209

一方、造立数は、個人名板碑や結衆の増加とともに1450年代以降再び上昇しますが、1500年代に入ると再び急速に減少します、蕨市内で現存する板碑の最新は、中央6丁目正蔵院(通称は明治堂)所在の天文16年(1547年)銘ですが、年号部分と「○○禅門」が辛うじて残る破片となってしまっています

川口市は1570年代以降も少数ながら造立され、戸田市は新曾妙顕寺の慶長3年(1598年)銘の題目板碑をもって消滅します

現存する武蔵型の板碑は埼玉県・東京都を中心に周辺地域に約4万基が確認されていますが、画像のものは、わずかに330基あまりにすぎません

三学院の中庭にある文明13年銘の板碑は、蕨市に唯一所在する画像板碑として貴重なものです、記録によると全長124・0cm(現在は103・5)、幅34・0cmです、天蓋の下に放射光を伴う光背を配し、蓮座上に來迎印(らいごういん)を結ぶ阿弥陀如来像を刻んでいます、そして蓮座の下には、前机の上に花瓶・香炉・燭台を表す三具足があります、さらにその中央に「逆修結衆」、その両側に「文明十三年」「二月十五日」の紀年銘と11人の名前が刻まれています、このうち上部の2名は「宝珎尼」「明音禅門」と法名を名乗っています